北韓山 扶皇寺跡までの紅葉狩り | 韓国ソウル
北韓山 扶皇寺跡まで紅葉狩りに行ってきました。約1年ぶりです。
韓国では紅葉狩りを ‘단풍놀이(タンプンノリ)’ と呼びます。
文字通り“紅葉遊び”――紅葉そのものを眺めながら、自然の中で季節を味わう時間。
扶皇寺跡の静けさの中に立つと、かつてここで祈った僧たちも、同じ山の色づきを眺めていたのかもしれない――そんな想いが巡ります。
今回の‘단풍놀이(タンプンノリ)’の写真を紹介します。

バス待ち時間に韓国のタイヤキ – プンオパン

バスを降りて登山口へ







巨大な石の家??

扶皇寺跡 万歳楼の礎石

扶皇寺跡 万歳楼の礎石

再建のために仮設テント?

白雲台を背景に記念撮影


ここで軽食を取ったりしながら、帰途に..。
帰宅後に確認した万歩計は、18,000歩でした。久々に脚痛い..^^;

行き方)
地下鉄3号線の旧把撥(구파발)駅2番出口から8772番バスで北漢山城入口で下車。
【扶皇寺について】
朝鮮後期の1717年(粛宗43年)に僧・尋雲(심운)が創建した寺院で、日本統治時代には奉恩寺(봉은사)の末寺であった。粛宗は北漢山城を防衛するため、山城の内部に12の寺を新たに建て、僧兵に山城を守らせたが、扶皇寺(부황사)もその一つである。
創建当初は「扶旺寺(부왕사)」と呼ばれていたが、その後、発音が似ている「浮皇寺(부황사)」「扶皇寺(부황사)」などの名でも呼ばれるようになり、現在の名称にいつ変わったのかは詳らかでない。
創建以後、甲午改革以前までは護国寺として命脈を保ってきたが、1939年9月には当時の住持・元法(원법)と化主・尚徳(상덕)が霊山殿(영산전)と別堂を新築した。1942年には李柱玉(이주옥)が寺の東側の麓に6間の道院を新築したが、6・25戦争(朝鮮戦争)の際にすべて破壊され、現在はほとんど廃墟となっている。
